日記

作業場に入る視力を失うと考えるとそれ程強みが見えてこない

老後の自らと、自分にほしいアートというものを、凄く企てる事があります。
物事に代金というより、大枚というのは、それ程ほしいものでもなくて、丈夫は実のところほしいとしていますが、考えてみると、緑内障にでもなったら、自らは書道なんて言ってもいられませんし、時代を重ねて出向くというのは、結構つらい事なのだなあというようになりました。
勿論、年をとる醍醐味も、性分にはあるようにも思えます。親仁の醍醐味もやはりあると思うのですが、時代を取って、病気になってきたチャンス、果たして老眼になったチャンス、自分の目は見えているのだろうかと考えると、あんまり、自分にとって、アートも他の何かもそれ程、幸せの事由になってくるかというと、お尋ねではありました。
自らは弱視になってしまったら、やっぱり施設に入るであろうなと考えています。
糖尿がすすむ中で、視力の事で、施設に入って要る顧客も沢山いるのではないでしょうか。老後を考えると、それ程、今やっている事柄のプライスが見えてきません。